橋本 稔
AssistMotion株式会社 代表取締役
1999年、信州大学繊維学部の教授に就任。2017年、信州大学において得られた成果を社会貢献につなげるため、AssistMotion株式会社を設立する。2018年より信州大学繊維学部特任教授。現在、人にやさしいウェアラブルロボットと次世代ソフトアクチュエータの研究開発を二つの柱とし、衣服感覚で利用できる、人に優しい“着る”ロボットを実現するための技術革新を目指している。
双方向のコミュニケーションを目指して
──「curara®」は歩行トレーニングロボットとのことですが、その特長について教えていただけますか?
一般的な歩行アシストロボットは、歩くための「力」を助けてくれるものです。装着する人の力が小さくても通常通り歩けるよう、振り出しなどの力を補うんですね。一方、私たちのロボットは力ではなく、「動きを助ける」という制御法を取っています。
例えば、片脚が麻痺している場合、歩き方の非対称性が高くなっています。そこで、健側(麻痺していない側)の関節と同じ角度になるよう、麻痺している脚の関節の動きをロボットで制御するわけです。
──対称性の高い「正しい歩き方」を、着けている人の関節に教えてくれるということですね。装着してすぐに、理想的な歩き方でトレーニングできるのですか?
ロボットが正しい動きをいきなり教えると、非対称性が高い人は普段と異なるので怖くなって倒れてしまう恐れがあります。そのため、健側にどの程度合わせるのかを調整できるようになっているんです。その度合いを、私たちは「同調性」と呼んでいます。
初めはある程度、同調性を大きくしておいて目標を提示する。でも、一度でそこまではとてもできないので、同調性を小さくして、その人が無理なく安心してリハビリ訓練をできるようにする。そこから徐々に目標に近づいていくという訓練ができることが、大きな特長になっています。
──その人の状態に合わせて「同調性」が制御できる「curara®」の原点は、どこにあるのでしょうか?
私はもともと、大学の研究室で人とロボットの身体的なコミュニケーションを研究していました。例えば、人とロボットの握手を実現しようと思ったんですね。「そんなの簡単じゃないか」と、一般の方は思われるかも知れません。テレビなどでよく、人とロボットが握手しているシーンが出てきたりしますから。でも、多くの場合、ロボットは決まった軌道を決まった周期で動かしてるだけで、人がそれに合わせているというものですから、コミュニケーションにはなっていません。
──人と人が握手するように、ロボットが人に合わせて動くというコミュニケーションを目指されたということですね。
そうです。握手というと、手を振る「周期運動」があります。私たちは何気なくやっていますが、そもそも人間はこの機能をどこで発現しているかというと、脊髄にある神経回路網の中枢パターン生成器と呼ばれているところで、相手の動きに合わせてリズムを生成するということが成し遂げられているんですね。 その入力と出力を表す数学モデルが、日本の研究者によって開発されています。その数学モデルをコンピュータで高速計算し、次の動きを生成することで、人の動きに同調することができる。その制御方法を私たちが考案して、握手で立証したという経緯があります。 そして、この技術は人をアシストすることに使えるのではないかと考えたのが、「curara®」の開発に進んだきっかけです。
個々に合わせたトレーニング機能へと進化
──2008年には、「零号機」を完成されていますが、現在の「curara®」とはまったく違う形に見えますね。
骨格にあたるアルミ製の「リンク」を通じて、モーターの力を伝えるものです。ロボットの一般的な構造なのですが、重さが10kgを超えてしまうんです。それで、この構造はもうやめようということになりました。それから、人の関節に直接伝えるという発想で「非外骨格型構造」のロボットをつくったのが1号機です。腰のモーターは股関節の動きをアシストする、膝のモーターは膝の動きをアシストするという発想ですね。それから2号機、3号機と軽量化を図っていきました。
──2017年に、AssistMotion株式会社を設立されました。その経緯を教えていただけますか?
2号機から4号機のあたりで、国の科学技術振興機構や日本医療研究開発機構など、いろいろな支援をいただいたので、やはり実用化して社会に出したいという気持ちになったんですね。そのためにはどうしたらいいのかを考え、大学発のベンチャーをつくって頑張ろうということになりました。
──その翌年には、さがみロボット産業特区の重点プロジェクトに選ばれていますね。ここからはどのような進化を遂げられたのでしょうか?
それまでは、自治体からの支援はあまりなかったんですね。神奈川県が一番初めのプロジェクトだったと思います。私たちにとって非常にありがたいお話でした。
支援を受けて、2018年度に県内の介護施設で実証実験を行ったところ、皆さん大変興味持ってくれました。訓練がしやすくなるというお声もいただきましたが、まだちょっと重たいというご意見もあり、改良を重ねてきたという経緯があります。その後、伊勢原市とさがみロボット産業特区の共同事業で、curara®とはまた別の自立支援支援用ロボットの実証実験も行っています。
2020年にはプロモーション動画作成の支援もいただき、今も展示会などで流したり、YouTubeにアップしたりしています。そういうものも、私たちとしては大変ありがたいと思っています。
──2021年12月、レンタルで製品を発表、そして2022年10月には販売も開始されました。最新モデルが、個々のトレーニングができるロボットですね。
装着して10歩以上歩くとその人の歩行状態が自動的に計測され、それに基づくトレーニングができるという機能を追加しています。その人に合った、深い訓練ができるというのは大きいですね。
また、昨年発表のモデルでは長時間装着するとずり落ちるという声がありましたので、最新モデルでは腰ベルトの内側に柔らかい突起を付けて骨盤に引っかかるようにするなどの改良を加えています。重さは2.7kgで、最軽量も実現しました。
包括的なリハビリの実現へ
──現在、病院などで導入されているとのことですが、どのようなお客さまの声が聞かれるでしょうか?
2022年12月にユーザーミーティングを行い、「振り出しがだいぶ楽になりました」「歩行速度が上がりました」などのご報告をいただいています。最初にお話ししたように一般的な歩行アシストロボットが先駆けとしてはあるのですが、それではうまく訓練ができなかった人が「curara ®」では実現したということもありました。ロボットはそれぞれに得意、不得意の領域があるので、いいところを上手に使っていくことでいいのではと思います。
──今後の「curara®」の展望をお聞かせください。
このロボットは、スマートフォンのアプリで制御するものです。そのアプリを更新していきますので、ユーザーがダウンロードすれば最新の訓練ができます。今は歩行だけですが、今後は機能を追加して、例えば起立、着座、階段の上り下りなども訓練できるようにしていきたいですね。
また、脳卒中の患者さんにはこのトレーニングなどというように、疾患ごとにメニューを分けることができればと思います。そういうものを開発してどんどん使ってもらうことで、ロボットの機能アップと包括的なリハビリを実現したいということが、大きな目標になっています。
──2022年度から、さがみロボット産業特区の「ロボット導入支援補助金」に採択されています。今後、期待することをお聞かせください。
私たちとしては、やはりこのロボットを社会に普及させていきたいんですね。しかし、介護保険や医療保険の適用ではないので、導入が難しいという状況があります。ですので、「ロボット導入支援補助金」には期待しています。ご利用の方には導入補助金のご説明をして、申し込んでいただくようにしたいと思います。
──最後に、さがみロボット産業特区に関心を持っている企業さま、技術者の皆さまに向けて、メッセージをお願いいたします。
私たちも、まだまだ技術的な課題を持っています。例えば構造部材にしても、数が少ないのでどうしても高価になってしまうんですよね。ある程度の数でもコストをかけずにつくる方法や、安価な部品を提供していただく方法などがあると、すごく助かります。一緒につながって、このようなロボットの開発を進められたらありがたいですね。
「curara®」の3D閲覧・AR体験ページへのリンク
2022年11月12日(土)~15日(火)、横浜産貿ホールなどで開催された健康と福祉の祭典「ねんりんピックかながわ2022」の神奈川県産業振興課ブースにて、「curara®」をはじめとする生活支援ロボットが紹介されました。
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